原子力村だより

要はあれですか、原子力村の論理としては

我々の食い扶持がなくなるので、原発推進は前提としましょう
原発で確保できる予算はこんなもんです
この予算で実現できる安全性はこんなもんです

じゃあ後は、適当な学者に
「この安全性で十分である」
と研究予算と名誉をエサに言わせよう。

あとは何がおころうと
「外部の研究者も含めた委員会で十分諮った結果です」
で済むだろ。

その推進で食ってる人たちに
その推進の可否を決めさせるなんて
ナンセンスですね。
反対派も含めたニュートラルな議論が必要。

とはいえ
(多分)ハイテクノロジーというベールを被った
公共事業の最後の砦である原発事業を
官僚たちが容易に手放すでしょうか?

数字いじり、委員会メンバーいじり、責任の所在の調整など
100年にわたって秀才たちが作り上げたノウハウ
は半端なもんじゃないですよね。

とかなんとか文句言ってると、
私も過去のS○X遍歴とか異常な性癖とか
赤裸々に書かれたりするんでしょうか?

批判をだれか一人にまかせちゃうと
その人を転覆させるゴシップで処理されちゃう。
なので、国民全員による継続的な批判が必要なんだ
というのは、官僚体制を突き崩す重要な方法の1つと思われます。


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