要はあれですか、原子力村の論理としては
我々の食い扶持がなくなるので、原発推進は前提としましょう
↓
原発で確保できる予算はこんなもんです
↓
この予算で実現できる安全性はこんなもんです
じゃあ後は、適当な学者に
「この安全性で十分である」
と研究予算と名誉をエサに言わせよう。
あとは何がおころうと
「外部の研究者も含めた委員会で十分諮った結果です」
で済むだろ。
その推進で食ってる人たちに
その推進の可否を決めさせるなんて
ナンセンスですね。
反対派も含めたニュートラルな議論が必要。
とはいえ
(多分)ハイテクノロジーというベールを被った
公共事業の最後の砦である原発事業を
官僚たちが容易に手放すでしょうか?
数字いじり、委員会メンバーいじり、責任の所在の調整など
100年にわたって秀才たちが作り上げたノウハウ
は半端なもんじゃないですよね。
とかなんとか文句言ってると、
私も過去のS○X遍歴とか異常な性癖とか
赤裸々に書かれたりするんでしょうか?
批判をだれか一人にまかせちゃうと
その人を転覆させるゴシップで処理されちゃう。
なので、国民全員による継続的な批判が必要なんだ
というのは、官僚体制を突き崩す重要な方法の1つと思われます。
![素材満載 ブログで作る かんたんホームページ [CD-ROM付き]](http://ecx.images-amazon.com/images/I/61XF13WMY1L._SL160_.jpg)